福岡地方裁判所 昭和48年(行ウ)39号 判決 1976年7月20日
原告 藤井昇 外一名
被告 田崎五郎
主文
1 被告は訴外普通地方公共団体福岡県京都郡犀川町に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一〇月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は1項に限り仮に執行することができる。ただし被告が金四〇万円の担保を供したときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文1、2項と同旨の判決並びに仮執行の宣言
二 被告
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らはいずれも普通地方公共団体である福岡県京都郡犀川町の住民であり、被告は昭和三七年以来同町の町長の職にあるものである。
2 被告は、昭和四〇年一一月一日以降同四八年四月三〇日までの間、同町職員である訴外大谷勝亮に対し訴外犀川町森林組合(以下単に訴外組合と略す。)への出向を命じ、もつぱら同組合の業務に従事させた。被告の右命令は地方公務員法三五条に違反するものである。
なお、被告は、昭和三七年以来訴外組合の組合長理事の地位にあるところ、町長としての地位を利用して右大谷を自らが組合長である訴外組合の業務に従事させたものである。
3 被告は、右出向命令に基きもつぱら訴外組合の業務に従事した右大谷に対し、昭和四〇年一一月一日から同四八年四月三〇日までの間、町予算の林業総務費職員給より総額金七九六万一五五五円の給与を支払つた。右金員の支出は、地方自治法二〇四条の二、犀川町職員の給与に関する条例二条(同町職員として給与を支給すべき者は、町長、議会、選挙管理委員会、監査委員会及び農業委員会の事務部局に勤務する一般職に属する職員とする旨の規定)に違反する違法な公金の支出であり、右支出行為により同町は右支出額と同額の損害を蒙つた。
4 よつて、原告らは犀川町に代位し、被告が同町に対し、右損害金七九六万一五五五円の内金一〇〇万円とこれに対する訴状送達日の翌日である昭和四八年一〇月二七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1記載の事実は認める。
2 同2記載の事実のうち、被告が原告主張の期間、町職員の大谷に訴外組合への出向を命じ、同組合の業務に従事させたこと、被告が昭和三七年以来同組合の組合長理事の地位にあることは認めるが、その余は否認する。
3 同3記載の事実のうち、被告が右大谷に対し、その主張の期間に、主張の町予算から、主張の総額の給与を支払つことは認めるが、その余は否認する。
三 被告の主張
1 森林組合の性格及び森林行政との関係
森林は、木材その他の林産物を生産するという経済的機能とあわせて、国土の保全、水源のかん養、水害防止、自然環境の保全、形成、国民の保健、休養等の公益的機能を不可分的に併有している。ところが我国における民有林は、経営の粗放、零細性及び木材需要構造の変化等により、林業労働力は流出し、木材価格は低迷し、林業経営の困難は益々増大している反面、自然環境の保全、形成、国民の保健、休養等の公益的機能の確保増進に対する社会的要請が強まつている。
他方、現在の行政は、前述のような林業の特異な体質をふまえて、森林の公益的機能の増進を図るべく、森林の経済的機能を助成、指導あるいは規制しているのであるが、これらの行政施策も、右のような林業のもつ特異な体質のため、個別森林所有者に対する直接的な施策の実施では十分対応しえない状況にある。ここに森林組合が公益的機能の増進と併せて森林行政事務の一端を担うべき現実の要請がある。
すなわち、森林組合は、単なる経済団体に止まらず、潜在的には公益的機能を果すよう義務づけられており、具体的には、行政の下請機関として行政事務の一部を代行せざるを得ない実情にあり、この天下り式行政事務の代行は年々増加している。
2 訴外組合の町行政事務の代行
訴外組合は昭和二六年に設立されたものであるが、当初より犀川町はその森林行政事務を訴外組合に委託して来たほか、約二〇〇ヘクタールの町有林の維持管理も委託している。これは慣行というより福岡県の行政指導によるものであり、県下の他の自治体においても同様である。これは単に森林組合の事務と森林行政事務とが密接な関係にあるというだけでなく、相互の仕事の合理化も考慮されたものであり、自治体は組合の行政事務代行に対し助成金を交付しているのが現実である。犀川町の場合も年間二〇万ないし三〇万円の助成金を訴外組合に交付して来た。
3 大谷を訴外組合に出向させた経緯
訴外組合の代行する森林行政事務量は年々増加の一途をたどつて来たのであるが、とりわけ、林業基本法が成立し、昭和四〇年に犀川町が福岡県より林業構造改善事業実施地域に指定を受け、町が林業構造改善事業の計画樹立に取組まなければならないようになつてからは、訴外組合の行政事務量が急増し、そのため訴外組合は同年度に約一七八万円の赤字を出した。ちようどその頃、訴外組合の主任職員であり、行政事務担当の中心的人物であつた宮元忠次郎が交通事故のため再起不能となつたので、森林行政事務は全く麻痺状態になつた。そこで、被告は、訴外組合の赤字解消と同時に行政事務遂行のため、森林行政事務に堪能な大谷を訴外組合に出向させたのである。被告としては、同人に支払う給与より訴外組合が代行する行政事務の貢献度が大きいとみたからである。もちろん、その際、同人を町職員としての地位を免じ、訴外組合の職員として採用し、訴外組合に対する助成金を増額する形を採れば問題はなかつたのであるが、同人の抵抗もあつてそれがかなわなかつたのである。
4 犀川町は損害を蒙つていない
すでに述べた点からすると、被告が町職員である大谷を訴外組合に出向させ、これに町職員としての給与を支給した点を違法とすることはできないのであるが、仮にこれが違法な公金の支出であるとしても、犀川町は何ら損害を蒙つていない。
すなわち、訴外組合の代行行政事務の内容は別紙記載のとおりであり、訴外組合の昭和四七年度の事業管理費(大谷に支払われた給与を含まない。以下同じ。)金七七八万二五四〇円のうち右内容の行政事務に費消された額は金二〇九万九四三五円(<1>)で、その全体に占める割合は約二七%である。この例によると昭和四〇年度ないし同四六年度においても事業管理費中に占める行政事務費は同率と推測できるから、同期間中の事業管理費合計二八一五万六五六六円の二七%である七六〇万二二七二円(<2>)がその間に費消された行政事務費とみることができる。結局、訴外組合は、昭和四〇年度から四七年度までの間に<1>と<2>の合計金九七〇万一七〇七円を行政事務のために支出したのであり、その分犀川町は利益を受けたのである。
他方昭和四七年度までに犀川町から大谷に支払われた給与は計七三四万四五一五円であるが、前記行政事務費の比率からすると、右給与額の七三%である金五三六万一四九三円が組合の固有事務のためのものと考えられる。これに昭和四八年度において大谷に支払つた給与五八万一〇四〇円を全額加えても、町が訴外組合の事務のため大谷の給与という形で出費した額は、前記訴外組合が行政事務のために支出した額を越えないのであるから、犀川町は大谷を訴外組合に出向させたことにより何ら損害を蒙つていないのである。
5 犀川町の不当利得返還請求権の放棄
仮に犀川町が損害を蒙つたとしても、同町は昭和四八年五月一七日訴外組合に対し大谷に支給した給与総額に相当する不当利得の返還を請求したところ、訴外組合より同町議会宛に、訴外組合の果している公共的役割、森林行政事務を代行している実情及び訴外組合の経営の逼迫等を理由に、その返還の免除を求める請願が提出され、これを受けた同町町議会は、同年七月三一日右不当利得返還請求権をすべて放棄する旨の議案を可決したので、町が被告に対し損害賠償を求める理由はない。
四 被告の主張に対する原告らの認否及び主張
1 被告の主張1記載の事実のうち、森林組合が地方自治体の森林行政事務を一部代行している実情にあることは認めるが、その余の点は争う。森林組合の本質はあくまでも経済団体であり、行政事務を代行しているのは、組合の経済的利益に沿うからにすぎない。その点で農業協同組合や漁業協同組合と異なるところはない。
2 同2記載の事実のうち、訴外組合が被告主張の年に設立され、犀川町がその森林行政事務の一部を訴外組合に委託して来たこと及び同町が訴外組合に助成金を交付して来たことは認めるが、その余の点は争う。
3 同3記載の事実のうち、林業基本法が成立し、犀川町が林業構造改善事業実施地域に指定されたこと及び訴外組合が昭和四〇年度に約一七八万円の赤字を出したことは認めるが、右赤字の原因が行政事務量の急増のためであること及び急増した行政事務遂行のために大谷を出向させたことはいずれも否認する。右赤字は、訴外組合の固有業務である山林買取り事業において、相場の見積りの誤りにより生じたものである。また大谷の出向は訴外組合固有の業務のためであつた。その点は、大谷の出向目的が、訴外組合の右赤字を解消し、危機に瀕した組合の経営を立直すことにあつたこと、大谷は訴外組合において実務の最高責任者となつていたこと、実際に同人が行つた仕事は、組合事務の統轄、販売、林産、購買、養苗、利用、金融等の組合固有の諸業務であつたことなどからみて明らかである。
4 同4記載の事実のうち、昭和四〇年度から同四七年度までの訴外組合の事業管理費の額及びその期間に大谷に支払われた給与額は認めるが、訴外組合が別紙記載の行政事務のすべてを代行していたことは不知、訴外組合の右事業管理費中行政事務に費やされた額及びその全体に占める割合は否認する。原告らとしても、訴外組合が全く行政事務を代行しなかつたと主張するものではなく、ある程度町の森林行政事務を代行していたことは事実と認めるが、それは被告主張のように二七%もない。そもそも被告の主張する、訴外組合が代行したとする行政事務は、その根拠が不明確で、はたして行政事務なのか、組合の固有事務なのか判然としない。むしろ、被告が行政事務と主張する事務は、そのほとんどが訴外組合の固有事務かあるいはこれに付随する事務とも考えられるし、そのうえ、町は訴外組合に対し別途に補助金を交付しているのであるから、大谷に対する違法な支出により町に損害が生じていないとはいえない。また、大谷に対する違法支出と訴外組合の行政事務代行とは関連がない。訴外組合による行政事務の代行は、大谷の出向以前から行われて来ていたものであるし、大谷の出向がなかつたとしても行なわれていたはずのものである。
5 同5記載の事実のうち、犀川町町議会が主張のような経過で、主張のような議案を可決した事実は認めるが、被告の違法な公金の支出が、議会の右議決により適法なものになるわけがない。右議案の可決により、同町の損害はいつそう明確になつたものといわざるを得ない。
第三証拠関係<省略>
理由
一 原告らがいずれも福岡県京都郡犀川町の住民で、被告が昭和三七年以来同町の町長及び訴外組合の組合長理事の職にあること、被告は、昭和四〇年一一月一日以降同四八年四月三〇日までの間、同町職員である大谷勝亮を訴外組合に出向させて同組合の業務に従事させ、その間同人に対し町予算の林業総務費職員給より総額七九六万一五五五円の給与を支払つたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実と証人大谷勝亮及び同佐々木美奈子の各証言並びに被告本人尋問の結果を総合すると次の各事実を認めることができ、これを左右する格別の証拠はない。
右大谷は、昭和二一年五月二三日以来同町の職員であつたが、同三九年七月三一日、同町城井支所長の地位で同町職員を辞し、一時民間会社に勤務していた。その後同人は、再び同町職員となることを希望し、旧知の間柄であつた被告に対し、再採用を申出ていたところ、たまたま同四〇年九月一四日、被告が組合長を兼ねる訴外組合の事務の最高責任者である主任の宮元忠次郎が交通事故に遭い、執務不能の状態になつたので、同人の後任を必要とする事情が生じた。そのうえ、その頃訴外組合の経営が逼迫していてその立直しの必要もあつたので、被告は、かつて町職員時代に森林行政事務に携つた経験もある右大谷を後任に据えることにしたのであるが、当時訴外組合職員と同町職員との給料の格差が大きく、訴外組合には同人に同町職員並の給与を支払う余力もなかつたことから、同人が訴外組合職員として採用されることに難色を示したため、訴外組合に対する財政的援助も考えて、同人を同年一一月一日付で一応同町職員として採用し、同日付で訴外組合への出向を命じた。そこで同人は、同日以後昭和四八年四月三〇日までの間、同町職員の身分のままでありながら、町長の指揮、監督下にあらず、訴外組合の指揮監督下において、訴外組合事務所で、臨時雇も含めた数人の訴外組合職員の上司として、訴外組合の事務の統轄責任者として執務した。訴外組合の事務の中に実質的には行政事務と目すべきものがあるかどうかの問題はあるにしても、同人が右の期間に行つた事務は、もつぱら訴外組合の事務であつて、その間に兼ねて同町の事務を行つたことはない。そして、同町町長の被告はその間に同人に対し、同町予算の林業総務費職員給より総額七九六万一五五五円の給与を支払つたものである。
三 右のように、形式的には同町職員であるとはいえ、全く同町の事務に携つておらず、もつぱら訴外組合の事務を執行していた右大谷に対し、同町が給与を支払いうる法令上の根拠がないことは明白であるから、被告が同人に対し、前記認定の給与を支払つた点は、明らかに地方自治法二〇四条の二、同町職員の給与に関する条例二条に違反し、違法というほかない。
被告は、森林組合の果す公益的役割、訴外組合が同町の行政事務を代行している実情等から、訴外組合の町行政に及ぼす貢献度が大谷に支払つた給与額を越えることを理由に、右大谷に対する給与の支給は違法でない旨主張するけれども、それだけでは前記判断に消長を来たすものではない。
四 つぎに、同町が右違法な給与の支払いにより損害を蒙つたか否かについて検討するに、前記のように被告が大谷に訴外組合に出向していた期間の給与を支払う法令上の権能がないということは、とりもなおさず、同町には大谷に右給与を支払う義務もないということに帰するから、同町は、被告が違法に支払つた前記給与額と同額の損害を蒙つたと一応推定すべきである。
ところで、被告は、訴外組合が同町の森林行政事務を代行しており、その事務量が全事務量の約二七%であるとして、訴外組合の事業管理費中行政事務に費やされた二七%(九七〇万一七〇七円)が、大谷に対する給与中訴外組合の固有事務執行の対価に相当する七三%部分(五三六万一四九三円)を越えるから、同町には損害がない旨主張する。たしかに、違法な公金の支出があつても、これと同時に法律上の対価関係にありかつ法律上も有効な利益を地方公共団体が取得している場合には、損害の発生を認めることはできない。しかし、訴外組合が同町の森林行政事務を代行していて、その事務量が全事務量の約二七%であつて、訴外組合の事業管理費中行政事務に費された額が九七〇万一七〇七円とする被告の主張が事実としても、同町が訴外組合に対し右行政事務費を当然に負担し補填すべき法律上の義務を負うものではないのみならず、被告の主張する森林及び訴外組合の果す公益的機能並びに大谷の訴外組合に対する貢献度を考慮に入れても、訴外組合による右行政事務の執行と大谷に対する給与の支給との間には、法律上の対価関係を認めることはできないから、この点に関する被告の主張は失当である。また右被告の主張するところによると、大谷に対する給与中行政事務執行の対価たる部分は二七%を越えないのであり、残り七三%の五三六万一四九三円は訴外組合の固有事務執行の対価ということになるのであるから、その主張を前提にしても右金額の限度では同町の損害は明らかといわねばならない。したがつて一〇〇万円の範囲で損害賠償の代位請求をしている本件訴訟においては、この点についての被告の主張は、それ自体無意味なものといわざるを得ない。
五 被告の過失
被告は町長としての職務執行に当り、公金の支出が法令に違反しないよう注意すべきは多言を要しないところ、前記のとおり違法な公金の支出をしたのであり、しかも被告本人尋問の結果によれば、右支出に先だつて十分な法令の検討も踏んでいないことが推認されるのである。そして、前記認定の事実によれば、右支出が法令の根拠のないものであることは容易に判断できるものと解されるから、被告に過失があつたと評価すべきことも明らかである。
六 最後に、被告は、犀川町町議会が、訴外組合に対する大谷に支払つた給与相当額の不当利得返還請求権を放棄する旨の議案を可決した点を指摘し、この点は当事者間に争いがないが、右議案が議会で可決されたからといつて、違法な公金の支出が適法となるわけではないし、それによつて、同町の蒙つた損害が消滅したものと認めることはできない。即ち、右議決によつて同町の訴外組合に対する大谷に支給した給与総額に相当する金員の不当利得返還請求権は放棄されたとしても、それは同町がその請求権を訴外組合に対して行使できないことを意味するに止まるのであつて、その損害が回復されたわけでもなく、同町が損害を蒙つたという客観的事実そのものは何ら変化を来たすものではないし、同町が被告に対し有する損害賠償請求権の帰趨には何ら消長を来たすものでもないこと理の当然であるからに他ならない。
七 以上によれば、被告が大谷に支払つた金七九六万一五五五円の給与のうち少くとも金一〇〇万円は被告の過失に基く違法な犀川町の公金の支出にあたり、同町はこれと同額の損害を蒙つたものというべきであるから、被告は同町に対し同額の不法行為による損害賠償義務を負うものであるところ、同町住民としての地位に基き、同町に代位して、被告に対し右金一〇〇万円とこれに対する本件不法行為後で訴状送達日の翌日である昭和四八年一〇月二七日(これは本件記録により認められる。)から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告らの請求はすべて理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 権藤義臣 簔田孝行 小林克美)
別紙<省略>